INDEX MAP DOX





 立花さんはガラが悪い。
「はん、おれがガラ悪かったら世間のチンピラどもなんかどうなんだよっての。
 聞いてくれよ、こないだもゲーセンで10人抜きしてたらリアルファイトしかけてきやがってさ、3人がかりだぜ?」
「けっきょくどうなったんですか?」
「ひとりを歯ぁ閉じたままうどん食える便利前歯にしてやったら、おとなしく帰ってくれた。ちくしょう、ジャマされたから連勝記録自己新がパアだ」
 悪いったら悪い。

 立花さんはわけあってよくうちのクラスに遊びに来る上級生だ。ほんとは高等部なんだけど、事情があってこちらの校舎にいなければいけない。名誉のためにフォローすると、ダブったわけじゃないらしい。むしろ成績はいいそうだけど。
「まあケンカっぱやいのは認めるよ? 認めるけどね?」
 広げたぼくの昼食を、勝手につまみながら立花さんは自己フォローに腐心する。
「おれは好きで争いごとにかまけてるわけじゃない。そういう体質なんだよ。トラブルを引き寄せるんだ。おまえとかね」
 失礼な。
「きょうもどうせろくでもないことが起こるに決まってる。ああいやだいやだおまえの弁当うめえな」
「網焼きビーフはあげませんよ」
「そこをなんとか!」
「受け容れない!」
 割箸同士が摩擦で炎をあげそうなほどの鍔迫り合いを打ち切ったのは、上空から降ってきた硬い背表紙だった。
「立花……そしてヶ原……」
 痛みにぼやける目で見あげれば、そこには蒲墨先生が立っていた。
「あたしの授業中に堂々と雑談しつつ早弁とはいい度胸だ。いいかガキども、ここのルールを教えてやる。教室では教師がピラミッドの頂点。おまえらは捕食される側だ」
 斬新な意見だ。
「最近じゃ教師自身がそいつを忘れてっから困る。まったく不祥事が怖くて教育できるかってのよなあ?」
 これでPTAの評価は意外に高いというのだから世の中不思議だ。
「だけどよ蒲墨」
「蒲墨先生と呼べ」
「だけどよカバちゃん先生、おれは存在しない中等部4年の人間だ。1年の授業に潜りこんでもいまさら教わることなんかねえし、廊下をぶらついてるのは退屈だ。なんとかしてくれ」
「いっしょに授業を受けろ。あたしがおまえを、コツコツ基本を大事に生きていく地道な男に改良してやんよ」
 凶悪に微笑んで、先生はもういちど教科書を振りあげる。
「まあそう言わず、先生」
 ぼくはとばっちりを回避すべく、反射的にだし巻き卵を繰り出していた。
「おう、もらっとくわ」
 ああ、じぶんの食べるぶんがもうない……!
「って」
 愛する網焼きビーフが消えている。
 立花さんを見やる。きょとんとしてこちらを見返す。そらとぼけているのか?
 ……いや、立花さんとは逆方向から大好きな匂いが。
「おいしいねこれー」
 犯人は、反対側で沈黙を保っていたいとこのおんがくだった。
 はっと気づくと、こんどは手許から弁当箱じたいが消えている。
「るおーう」
 やや離れた席で、なんかうれしそうな舌鼓を打っている少女が1匹。
 周囲にも数名の女子が集まり、かわいーとか言って食事風景を鑑賞している。
「おお、わがクラスのシンボルである野生児、キカどのも満足させているぞ。きみの弁当は本物だね、ヶ原くん」
「なに勝手に渡してるんだヨシノブ!」
「保健委員だからね。クラスメイトの食生活についてはしっかり調査をしておかないと。ヶ原くんの弁当は味も栄養バランスも申し分ないようだよ」
「なんで調査でキカにあげてるんだよ……」
「彼女は添加物の多い食品はああも熱心に食べないからね」
「どっちにしても食べつくしはするんだけどな」
 立花さんも冷静に語っている。
「……そう泣きそうな顔をすんな、ヶ原。見ろよ、おまえの弁当のおかげでいまクラスがひとつになっている」
「そんなひとつはいやだ!」
「ほーお、クラス一丸となってあたしをなめようってのか」
 蒲墨先生が剣呑な瞳で、両手の指のあいだに4冊ずつ、計8冊の教科書を装備する。
「って、なんでそんなに持ってるんです、教科書」
「背表紙攻撃用だよ、たりめえだろ?」
 この授業は新たな常識に満ちていることだなあ。
「だし巻き、うまかったんならいいじゃんか」
 立花さんはすでにどうでもよくなってきたのか、眠そうに言った。
 おんがくがぼくの肩に手を置き、空いたほうの手で親指をバビシと立てて、
「食べたみんなの弁当の具をちょっとずつ分けてあげるから問題ないよ。
 あ、わたし学食でうどん食べるんだった」
「あたしゃ職員室で宅配のピザ食うぞ」
「るぉ」
「いやキカ、中庭の虫はやめとけ。ちなみにおれの昼は購買のおにぎりだから具はやれないな」
 ガッデム。

「……あの、ヶ原くん……?」
「なんかかわいそうになってきたから、あたしたちのお弁当分けようか?」
「ジップロックもあるぞ? 持って帰るか?」
 ろくに面識のない三人娘にまで同情されつつ、ぼくは空腹をかかえて静かに机に沈没していった。

 以上、1年丁組の授業風景の一例。だいたいいつもこんなもの。
 ……腹減った。