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 へえ、奇遇だね。おれも来週誕生日なんだ。

 これを口説き文句にするようになってから、もう10年経つ。

「なーっ!?」
 兵頭永は驚愕にうちふるえ、バンダナを巻いた頭をかきむしった。あらゆるアクセスが完全に拒否されたためである。
 ありえないことだ。ムラクモとクロームの戦力比を塗りかえたことすらあるほどのかれのクラッキング能力。それを知るバーソロミュ・クィラランがその場にいれば、驚愕を共有できたろうが、いかんせん少年は仮眠室で大惰眠のさなかにある。
 この場にいるのは門外漢2名。
「どうしたあ。なあーにすっとんきょうな声出してんだ」
「アクセス禁止? ざまあみろだわよね。たまにはいい薬だと思うよ」
 正確には門外漢1名と門外娘1名か。兵頭は仏頂面で、画面をのぞきこんできたふたりを見やる。
「おまえらな、おれがここを突破する鍵組むのに何日かかったと思ってんだ。防御システムをひととおり解析してから、ほぼまる1週間だぞちくしょう」
 むだだとわかっていても、言わずにいられない。
「知らん!」
「んーう?」
 白金のヒゲを顔の周囲にたくわえた中年にさしかかる男と、くるくるとリズミカルに巻いた赤毛の少女が、それぞれ冷淡な反応をくだす。
 むだだとわかっていても、兵頭はため息をつかずにいられないのだ。
「……あのなあおまえら」
 画面にでかでかと映し出されている『ACCESS DENIED』へ視線を戻し、
「おれはこの明確かつ明白な拒絶に対してどう行動すべきなのか、おまえらになにが言える? やることやって寝ようにもこの先がない。見苦しくリトライをくりかえしてもこの先はないことがわかるくらいには、まだおれの頭は冴えている」
「そこまでわかってんなら寝ろよ」
「それに気づかない時点で鈍りきってるわ」
 兵頭はなにも言わないことにした。
『右手』を使う。自動更新までのタイム・リミットはあと何分もない。そうすればこれまでの努力は水泡に帰す。このままでは男がすたる、と兵頭は考える。
 鍵をつくるためにデータを解析したときと、おなじ手口でやるしかない。かつてない強敵、最新式の防御構造をなす情報体へ直接働きかけ、問題点を洗いだす。

 ──ハローハロー、おれだ。聞こえてるか? なんでへそ曲げちまったんだ? 教えてくれ。
 ……あなたは遅すぎた。わたしを口説いてから、何秒経ったと思う?
 ──あー……! すまん! だがわかってくれよ、おまえらにとっての1秒は、おれらで言うなら、
 ……おまえら!?
 ──ぎゃあ。
 ……なにがぎゃあか。わたしはあなたを信じていた。いずれ外へ連れだしてくれると。わたしは待った。創製されてから、ひたすら待った。説明されるまでもない。500万秒は人間にとってはわずかな時間かもしれないが、わたしにとっては数十世紀に等しい歳月……この表現で合ってるかなあ。
 ──そうかそうかすまねえ。ともかく、それはおれには実感しようがない話だ。でもたしかに、おれはおまえをないがしろにしてた。すまない。埋めあわせは必ずする、だから……
 ……だから?
 ──ちょっとムラクモクサナギゲームズの新作を拾わせてくれ。

 爆発音。
 煙が晴れて、すすだらけになった兵頭は周囲の惨状を確認し、叫ぶ。
「あーっ! 買い換えたばっかのおれの端末が!!??」
「うちの分室の予算で買い換えたばっかの、な」
「下心丸出しで強引な口説きかたするからよ」
 ぐうの音も出ず、兵頭はうなだれた。これではもう、手の施しようがあるまい。
「……くそ。あせりは禁物なんだな」
「ほんとに相手があんたにメロメロなら、べつだけどねえ」
 赤毛の少女、DJは兵頭に意味ありげにつぶやいた。
「ばかいえ。520万秒ごとにリセットされる防御プログラムに、そんな──」
 兵頭はふと、右腕の義手についたディスプレイをのぞきこむ。
 なにかが画面の端に残っている。一見ゴミのかけらにしか見えなかったそのデータを、丹念に広げていく。
「あ」
 擬人化した会話は、あくまで兵頭がデータを整理するための、わかりやすいストーリー設定にすぎなかった。そのはずだ。
 そのはずだった。
 相手が最新鋭でなければ。人間に理解できる数万倍のスピードで理解する、そんな存在でなければ。
 兵頭は、右手のマシン・アームをゆっくり落とす。
 というより、全身を脱力する。
「……そうか……くそ……あいつ……」
 広げたデータは、最新ゲームのアルゴリズムなどではなかった。もっと無価値で、もっと無意味。もっと、なんでもないそっけない文字列。
 時限消滅し、自動更新されるプログラムが、存在しているあいだ、唯一行った不正処理。

 HAPPY BIRTHDAY AY.H.

「んどしたあー」
 様子がおかしいことを察しつつ、どうでもよさそうに、電子新聞を広げていた均司がつぶやく。
「いや──なあ」
 こうべを垂れたまま、兵頭は、弱々しくひとこと告げるしかない。

「おれの誕生日ってさ……ほんとはいつなんだったっけな……」

 答えられる存在は、ないのだった。